【訳者私見】
曲池風市は榮衛がしぶりつうじないものを大きく通じさせるという発想の取穴か
と思われます。それにくわえ、局所に針をして気血をめぐらせていくことをしてい
るのかと私は考えます。
風痺に尺沢、陽輔。これはどういう発想なんでしょうかねえ。今ひとつイメージ
がわきません。どなたかご意見ありませんでしょうか?。陽輔なんて面白いなとは
思うのですが、まとまりません。
痰痺の膈兪は、横隔膜あたりの湿痰を動かしていくという発想でしょうか、また
上下の疏通をという発想でしょうか。厥逆という冷えに対しては列欠を用いていま
す。これは局所取穴なのでしょうか、それとも「列欠は肺経の絡穴であり、奇経八
脉の任脉を通ずる。よく肺を理し、寒を散らす」といった肺の絡穴として考え、散
寒を狙ったものであると考えたほうがいいのかもしれません。
痺は気血の虚ですといっているのに、気血を建てる発想の経穴がでてこないのが
不思議ですね。かなり局所治療的な発想になっている感じがしますね。しびれとい
うのが、それほど難しいということなのでしょうか。