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生きていること-東洋医学的生命観



陰陽する場という観点から人間が生きているということはどういうことなのかということを前回までのファイルでお話してきました。さて、ここではさらにその観点をおしすすめて詳細にし、東洋医学的な生命観を明確にしておこうと思います。

生命場としての個々の人間、このまるごとひとつの生命、有機的な連関というものを、一元の気と称し、あるいはこれを小宇宙と表現します。このことは個々の人間の存在を、それだけバランスのとれた自立的なまとまりであると考えているからです。

この一元の気と称され、小宇宙と表現される生命について、東洋医学ではさまざまな解釈を加えてきました。中でも一生を樹木にたとえる考え方が、非常に理解しやすく、現代においても参考にすることができると思いますのでご紹介いたします。




樹木は大地に大きく根ざしその枝を天に大きく広げています。これを逆さにして考えると、天に大きく根ざし、大地に大きくその根を広げているとみることもできます。

このことは、天の気と地の気による交流自体が存在の支えであるということを意味しています。さらにこのことは、樹木と表現される一元の気である生命場をもった人間である我々が、天地の気の交流によって営々と日々生命を営み、養われている存在である、と表現することができます。

この、天地に枝をはり根をはる樹木のあり方を人の五臓にたとえると、天の気を取り入れる枝葉は呼吸をする心肺。地の気を取り入れる根は脾腎と考えることができます。根をしっかりさせるということは、人体においては脾腎を養うということになりますし、枝葉を豊かに茂らせるということは、人体においては心肺を充実させるということになります。




天地の気の交流によって生かされている人間にはまた、もうひとつ、重要なファクターがあります。

それは、生きようとする意志です。

自分自身を表現し、共同体に参加する意志。

これを樹木では幹にたとえ、肝がその役割を担っていると考えています。

この意志というものは、いわば生命の勢いそのものですので、往々にして生命場の気の偏在の原因にもなります。肝を整えるということが治療の主軸になることが多いのはこのためです。

人に特徴的なこの意志をどのようにコントロールするか、このことは当然、心理学的なアプローチによって人の生命のあり方が大きく変わるということを意味しています。

そしてこれはまた逆に、心肺脾腎を調整することによって、人の意志のもちかた、生きていこうとするありようが変化するということをも示しているわけです。

ここに鍼灸を中心とした東洋医学の根蒂があります。肉体から精神にアプローチでき、また精神から肉体にアプローチすることができるはずであるという東洋医学家が持ちつづけてきた信念には、このような背景があるわけです。




ですから、天の気と地の気をしっかり受け取る。このことが出来ていれば、樹木である人は暢びやかに自然に育っていくことができるとまず考えることができます。そしてさらに、生き生きと生きるためには、この木の暢びやかさを失わせない環境と、明確な意志を持って本人が生きていくということが重要であると、私は考えています。






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